マスコミ批評

慣用句は正しく使いましょう

 古い記事だけど、妖星さまのところでコメントだけ書き逃げしてるのもどうか、ですし、元々鉄道系からネットに参入 (インターネットがそろそろでてくるかなー、の1997年にデビューしています。最初のブラウザはネスケでしたし、モデムは遅かったし) してる人間の常で、ネット上のモヒカン族の気質たっぷり。

 そもそも。鉄道系の人間は誤りに厳しく…例えば漫画の名探偵コナンにおける北斗星の重大なミス、とか(注記)。
 とにかく公共交通機関が相手&データがものを言う趣味だけあって、昔狼里ちゃんのところで書いたけど、 最悪の場合徹底的に晒しあげられたあげくネットから抹殺されかねないほどの大ダメージを与える、モヒカン族の雨霰。


 

 三顧の礼オシムに通じず… 三都主代表復帰懇願も

 記者の主観部分を削除してみると、

「監督にも挨拶してました。もちろん選手たちにも。 にこやかに談笑してました」

だけで、おそらくは浦和の面々や選手・スタッフと面会した以上のことは判らないですな。

 それになんと言っても。慣用句が間違っている。

さん‐こ【三顧】
人の上に立つ者が仕事を頼みたい人に特に礼を尽くして交渉すること。また、 ある人を特別に信任・優遇すること。

 尋ねたのは一回だけやないけ~というのはともかく。この見出しが成立するのは、 オシムが三都主に対してザルツブルグのクラブ事務所を訪問して「代表復帰してくれ。頼む」と頼み込んだ、というストーリーでしかありえない。
※人の上に立つ立場なのはオシムなので、三顧の礼をおこなうのは、三都主ではなく、オシム。
※交渉事ではなく、表敬訪問でしかない。

 おきまりの一言… 「また、久保武司か…。」過去にも、浦和レッズの胸スポンサーがボーダフォン (=ソフトバンクモバイル)になってることを、三菱自動車からの身売りと勘違いした前科もあるし、(赤がアブない… スポンサー変更「レッズ」カラー変更?

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福知山線事故1ヶ月

検証: 再発防止 識者に聞く:再発防止 どう努力(読売 2005 05 25)

メディアスクラム、という問題も起こした、福知山線事故から1ヶ月。ようやくマスコミも落ち着いたか、事故を踏まえた、 再発防止策も出るように。

ところで、どうしても引っかかるのが・・古いネタになるが、産経抄 平成17(2005)年4月27日

ラッシュ時は少し過ぎていたとはいえ、都心へ向かう電車の先頭車はいつになく空いていた。 楽に新聞も広げられたが、どうも落ち着かない。ふと運転室をみると、三人の乗務員がじっと前方をにらんでいる。あの事故後の変化である。

 ▼「また今夜ね」と別れた人がもう戻ってこない。世は無常とはいえ、 これほどの不条理があるだろうか。怒りと悲しみにくれるご遺族にはかける言葉もみつからない。

 ▼惨事が起きたJR西日本・福知山線は、昭和の後期になっても「オハ35」 など戦前生まれの旧型客車が現役で走り、大阪から宝塚まで一時間近くもかかった。当時は並行して走る阪急電鉄全盛で、 利用者も少なかったが、JRになってサービスが格段に向上した。スピードは上がり、運賃も安く、駅員の愛想も良くなった。 乗客も増えたのだが…。

 ▼JRになって、電車の設計思想が変わっていたのだ。旧国鉄の電車は、三十年は使えるよう堅牢 (けんろう)に製造されていた。そのぶん速力が出ず、電力も食った。JRはスピードアップとコスト削減のため通勤電車を「重量半分、 寿命半分、コスト半分」に変えたという。

 ▼JR各社は鋼鉄車より強度が劣る軽量ステンレス車を次々と投入、マンションに激突し、 原形をとどめないほど大破した207系電車もその仲間である。小泉首相が唱える「官から民へ」の模範例がJRだった。

 ▼事故から一夜明けても、犠牲者の数は増え続けた。 民営化したからといって効率ばかりを優先し、安全性をおろそかにしていいわけはない。「駅ナカ」 に商店街をつくって利益をあげることにうつつをぬかさず、「安全に運ぶ」という最大のサービスを第一にしなければ、 失われた利用者の信頼は回復できないだろう。

オハ35は戦中戦後にも作られてるとか、運賃は今なお阪急より高いとか(値上げは消費税関係の2回はあるが)・・ は、重箱の隅だから、これはおいておく。

旧国鉄の電車は、三十年は使えるよう堅牢(けんろう)に製造されていた。そのぶん速力が出ず、電力も食った。 JRはスピードアップとコスト削減のため通勤電車を「重量半分、寿命半分、コスト半分」に変えたという。

 旧国鉄の電車は「シミュレーションも出来ないので、必要以上に堅牢に出来てしまった」もしくは 「鉄さびの進行を見込んで、新製時にサビしろ見込んで厚めに作った」という所があるのは事実。それでも157系のように、 サビの進行に負けて早々に引退に追い込まれた車も、存在する。

また、「重量半分、寿命半分、コスト半分」は、JR東日本209系 (1991年先行試作・1993年本格デビュー)のコンセプトで、時期こそ同じでも会社の違う207系に、 それは適用されません。(この207系にいたってや、 国鉄時代の生まれ・・って鉄の基本的ボケ。)

オマケに、その言葉の意味することは、見事に誤解。元はと言えば、209系作るに当たって、 技術者に与えられたコンセプトで、「これを目標に、徹底的に見直せ」という、いわば設計目標。加えて。

  • 重量半分=10両編成比較103系363トンが、241トンで、34%軽くなった。軽くなった内訳は、
    • 車体をステンレスにした    =-30トン
    • 台車を改良した(ボルスタレス)=-35トン
    • モーターを小型化させた上、減らした(含む周辺機器)=-25トン
    • 冷房装置の見直し・改良=-4トン
      • (この項 鉄道ピクトリアル 732号)
  • 寿命半分=ステンレス車は錆びないし、オマケに鋼鉄以上に堅く、剛性は鋼鉄の車体以上。(強度が劣るなどと言うことは、無い。また、 曽根先生の意見では、 「 今回の場合、どんなに堅固でも、 乗客の受けた衝撃はさほど変わらなかっただろう。」 )消耗品は、たったの3点しか現在存在してませんが・・。
    • パンタグラフすり板
    • タイヤ
    • ブレーキパット
      • (この項 「電車を創る(交友社/土岐寛光)」)
    • もっと言えば、寿命半分とは、法定点検年数13年をメンテフリーで乗り切ってしまおうという発想。(それを乗り切れば、 原価消却済となり、その先は修繕か改造かを選択する余地が出来る。)
    • あるいは、部品やテクノロジーの進化で、 さっさと新しいものに乗り換えられる=図面の寿命がとても短いという意味にも取れるか。(方向幕LED化、 ヘッドライトのHID化、パンタグラフのシングルアーム)
  • 価格半分=材料費をけちったと言うよりも、汎用品の多用・走り装置に拘わらない部品(例:雨樋)は共通にしないで、 業者に任せる・モーター減少などによるパーツ減少。

民営化したからといって効率ばかりを優先し、安全性をおろそかにしていいわけはない。

 ミーさー さまが、へなchoこ にて指摘されているとおり。 民営化=効率優先=安全性の崩壊、という図式は、詭弁。この式で、効率の優先=安全性の崩壊、にはナリ得ないでしょ? 非効率が安全性の阻害ということは、工場で結構あるようには思うけど。

「駅ナカ」に商店街をつくって利益をあげることにうつつをぬかさず、「安全に運ぶ」 という最大のサービスを第一にしなければ、失われた利用者の信頼は回復できないだろう。

後半は同意だが、前半はめちゃくちゃ。「駅ナカビジネス」は、JR東日本で、西日本の事故にこれを当てはめるのは、 先刻の209系のコンセプトを当てはめるのと同様に、詭弁。もっと言えば、JRほど、 鉄道事業の売り上げが関連事業を凌駕してるところもそうそう無いわけで。(ニュータウン作って不動産業、等という例は枚挙に暇無く・・ 一番凄まじい事例は、ここ、紀州鉄道。 元々はリゾート開発やる不動産屋さんが、「鉄道」とつけば銀行や社会の信用を得やすいという凄い理由で、 瀕死のローカル鉄道ゲットしたというもの。)

確かに、儲けを安全対策に使った額が少なすぎというのは批判対象だけど、まっとうに稼いで利益を上げることは、正当な行為ではあるが? 旧国鉄なんぞ、稼げないことから研究費事欠いたとか、鉄的趣味では、貴重なブツも博物館送りにも出来ず、重機のエサにしたことも。

(参考:Norimono Land

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